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Posted by naturum at

2009年11月01日

二十三番〜4

今朝もいい天気。手持ち最後の一本を喫みながら、ゆっくり昇る太陽を眺めた。綺麗な朝焼けだった。出発の準備を整え歩き出す。右手にはうっそうとした森を従えた山迫り。左手には波が厭きもせず、岩にぶつかり砕け続けている。国道以外は大昔と大して変化をしてない風景なのだろう。
暫く歩くと集落が現れた。漁村のようだった。集落の中でタバコの自動販売機を見つける。タスポを持っていないので普通なら素通りだが、自動販売機の隣におじさんがいた。チャンスである。
「タスポお持ちですか?」「いいよ」
一言で察してくれて、貸していただけた。ただ本当はやってはいけない行為だ。
小銭を入れようと財布をみると小銭がない。
「あっ。大きい紙幣しかないっ。」
「いいよ、いいよ」
と言いながら、おじさんは小銭を自動販売機に入れてくれた。結果的に接待して頂いてしまった。
「本当にありがとうございます。」
御大師のお札を渡してお礼を言った。
食べ物や飲み物ではない趣向品を接待して頂いたのは始めてだ。大切に喫まさせて頂こう。

この辺りの集落は国道を挟んで海に面している。国道の海側には大きな堤防があり、集落や国道からは海が見えない。せっかくなので堤防に登り、その上を歩く。やはりこちらの方が気分が良い。
揚々と歩いていると、雲が拡がり、雨が降りだした。
このあと延々と雨の中をずぶ濡れになりながら歩いた。
今日は疲れた。明日は遂に二十四番を打つ予定だ。  

Posted by sumi at 20:26Comments(1)行程編

2009年10月31日

二十三番〜3

今日もよい天気。暑いくらいだ。湿っていたテントと寝袋を陰干しして少し遅めに出発する。延々と海岸沿いの国道を行く。足は昨日より全然いい感じだ。数分歩くと高知県に入った。やっとの二県目はあっさりやってきた。
しかし、高知の浜辺はサーファーが多い。この時期に人が海に入っているのは、瀬戸内海で育った僕には物珍し光景だ。すれ違う人々もサーファー。今日すれ違う人々はこっちを見てくれない。これまでの行程の人々は何かとこちらを気に止めて見てくれているようで、歓迎されているように感じていた。しかし、今日は風景は田舎だが街中を歩いているようだった。
誤解を恐れず述べる。死装束を纏い、己れの墓標を手にし、傘で顔を隠すことで自らの身分をも隠すのが遍路の姿である。これは端から見れば「死」を連想させ、しかも顔を隠した何者でもない存在である。しかもそんな存在がフラ〜っと生活の場に現れる。地元で生活を営む人々にとって、本来遍路は忌むべき存在であり、突如現れる人外の者なのかもしれない。もっと言えば、遍路とは歓迎せざるべき者である。そんな者へでも接待するということは、「死」でも「わけのわからない者」でも「よそ者」でも受け入れ一体化するということである。四国の度量の大きさを今更ながら感じた。地元で生活する人々が持った、そんな者でも歓迎し接待するという心は、遍路にとって余計にありがたいものだ。
今日は歩き遍路の方とは全く会わなかった。追い越してゆくのは自転車遍路の方々ばかり。独りで歩いているように感じられた。いつもと雰囲気が違う。今日は歩いただけだった。最後に野宿地を見つけ、近寄ると先客がいた。初老の男性一人と若い男性二人。
釣りに来られてこれから帰るそうだ。
初老の男性と少し話した。本日初のトークである。
「歩いて廻るん?考えられんわ〜」
「でも、車ではいつか行ってみたいと思ってるんよ」
「思ってるだけやけどな〜」
お茶目である。言ってる目は冒険好きの男の子だった。
缶コーヒー二本とパンを幾らか頂いた。ありがたい。
「気を付けてな〜」
と別れた。

海に向かって少し坐ってみた。なにも起こらなかった。

明日には室戸岬に着きたい。  

Posted by sumi at 17:50Comments(0)行程編

2009年10月30日

二十三番〜2

今日も室戸岬に向けて歩く。足はやはり昨日と変わらず。なんせ足のことは足任せなので仕方ない。
出発して30分程歩くと、若い歩き遍路がいた。進みたかったが声を掛けられて止まった。
同じ野宿歩き遍路らしい。托鉢をしながら歩いているらしい。
「なんで歩こうと思ったの?」と聞くと
「修行です!」と元気に返ってきた。
話をするとヨーガの道場に縁があり、それで遍路に行く気になったらしい。
「そういうのに興味があるんだ〜」と言うと
「インド哲学と仏教に少し」
と。
こちらにはインド哲学の知識はないので、聞き取ろうと頭がフル回転。
「難しい…」
バックパッカーをやり世界を一周したらしい。僕にはその勇気はない。
宗教や哲学に興味があって近代を乗り越えたいと言うことは伝わってきた。
兎に角、身体を使って理解していくことは重要だ。
歩くペースが違うので先に行って貰った。

暫く歩く。足は痛いまま。休憩所があり、おばあちゃんが手招きしていた。もちろん立ち寄る。オロナミンCを頂いた。
「おばあちゃんも昔は歩き遍路してたんや〜昔は珍しく沢山取材が来たで〜」
もう40年も前の話らしい。今ほど休憩所もコンビニもない時代の歩き遍路の大変さを語ってくれた。
「今でもお参りしたくて仕方ないんや〜」
「でもな〜去年足を怪我して歩けないんや〜」
悲しそうな顔で語った。
「直接行かなくても八十八人にオロナミンC接待したら四国一周やが〜」
「そうやね〜」
ちょっと嬉しいそうに答えてくれた。
おばあちゃんにお礼を言い、また歩き始めた。
益々足は痛い。次の休憩所まで頑張る。休憩所が見つかり足を伸ばしていると、おばちゃんが冷たいタオルを出してくれた。南下しているせいか、陽射しがきつくなっているように感じる。
「ここの休憩所はな、去年から始めたんよ」
とおばちゃん。さらに話を進める。
「やり始めたらな〜お遍路さんのことが心配で心配で〜」
「休憩所閉めて、旅行に行ってても気になるんよ〜」
「ちゃんと何処かで休憩や水の補給は出来とるやろか〜って」
歩き遍路を見る目が母である。

休憩所のおばあちゃんも、おばちゃんも遍路に接待すること、話をすることがどこかで心の支えになっている。
遍路の休憩所が地元の人が集まる理由になり、接待をする人の張り合いになる。
面白い。遍路と接待をする地元の人々が癒し癒される関係になっている。
人が集まるには理由がいる。その理由はその土地にとってとても大きな財産だ。
  

Posted by sumi at 17:39Comments(1)行程編

2009年10月29日

二十三番〜1

今日から室戸に向けての行程が始まる。足に違和感がありストレッチをし、いつもより遅めに出発。宿から出て南下を始める。昨日とは違い山の中の国道を進む。
この道はいつか来た道。記憶に残っている所もあった。
しかし、国道は面白くない。人に出会わない。途中、車に乗ったおばちゃん三人組がチョコをくれた。
昼前位に足に痛みを感じ始めた。ゆっくりと歩くがやはり痛い。途中歩き遍路の方と話ながら歩いたがペースが合わず先に行ってもらった。
「先の接待所で会えたら会いましょう」
と手を降りながら言ってくれた。
たったの3〜4キロがとても長く感じた。接待所に何とか着くと、先程の歩き遍路の方はまだ居てくれた。
「間に合いました。」
と言いながら接待所に近づくと見たことのある顔がいた。12番焼山寺を登り13番までの山道を一緒に歩いた方だった。
「ずいぶん先を歩いてると思ってたよ」
「こっちもですよ」
暫し再会を喜び、焼山寺の時の様にお互いのケイタイを渡してシャッターをきった。
「また娘に送ろう」
と言われてた。
そこからなんキロか歩いて今日は野宿。
明日は少しでも足が良くなってくれるとありがたい。
なんとも足任せ。  

Posted by sumi at 17:48Comments(1)行程編

2009年10月28日

二十三番

今日も快晴。国道を少し歩く。見覚えのある遍路小屋があった。何年か前に自転車で四国を廻った時に休憩した場所だ。前回は国道をひたすら走った。自転車の時は気付かなかったが排気ガスが喉に障る。何日も山にいたせいか。今回は国道を避けて海沿いを行くことにした。
遍路を始めて初の海である。風景に自然と歩みが止まる。暫く行くと休憩所があり、おばあちゃんが飴と賽銭袋を接待してくれた。
おばあちゃんがこんな話をしてくれた。
「鳴門教育大の学生が講義として歩き遍路をしてるんよ」
「サポートカー付きで、水やなんかを配ってたわ」
「講義で歩き遍路なんて凄いね」
どこの大学も工夫の必要な時代ではあるが、遍路の文化が大学にとっても財産になっている例だろう。
おばあちゃんと別れ、漁村に入った。案内の看板を頼りに休憩所に着くと、隣にある食堂から、おばちゃんが出てきながら
「接待しましょ?」
「はい」とも「ありがとうございます」とも答える前に
「うどんとおにぎりがいいな?」
結論、休憩のつもりが食事まで接待してもらった。
食事を運んでくれたおばちゃんが言っていた。
「この食堂は接待の為に地元の人が集まってボランティア同然でやってる」
遍路は人が集まる理由になっていた。
そう思っていると、おばあちゃん達が杖をつきながら集まってきた。時間はお昼時だった。おばあちゃん達は皆で食事を始めた。おばあちゃん達の食事の場でもあった。
料理を作るのが大変になると宅配をしてもらうのもあるが、デイサービスとも違い、食事の時だけ集まるシステムも面白いと思った。動ける人は歩いて来るのだから。誰か知らない人が調理したものを独りで食べるのではないのだから。食事は栄養学的な摂取ではないのだから。
うどんとおにぎりを頂いて歩みを進める。海沿いは兎に角、風景が美しい。
途中の山道をウォーキング中のおじさんと歩く。お菓子を頂いた。
遠くに二十三番が見えて来た。
打ち終わり、今日は宿に泊まることにした。チェックインまで時間があったので近くの道の駅で足湯に浸かった。ここも自転車で来た時に利用させてもらった。懐かしい。この辺りは「ウェルかめ」の舞台らしい。やたらノボリやポスターが目立つ。
明日からが大変な行程になるらしい。  

Posted by sumi at 20:03Comments(1)行程編

2009年10月27日

二十一番〜二十二番

今日はいい天気だ。昨晩は凄い風でテントのはためく音で何度も目が覚めた。
二十一番はまたしても山寺。今日も登山である。覚悟して進むも、昨日までの山々と比べれば大分歩きやすい。
行程中、逆打ちの方とすれ違うだけで誰とも出会わなかった。
二十二番を打ち終わりダム公園に向う途中、サツマイモを五本も接待して頂いた。畑から掘り出しながら
「持ってけ。気を付けてな。」
調理方を考える余裕は無かった。歩きながらどうやって食べるか、考えることになる。

公園に着き。とりあえず袋麺を作り、次にサツマイモに取りかかる。ナイフを持っていないので、口で細かくして鍋に突っ込む。水を少しいれて五分ほど待ってみた。サツマイモの甘い香りがし始める。
「いけるかもしれない。」内心呟いた。
残ったお湯を切り、サツマイモを口にしてみる。美味い。やってみるもんだ。これで二食分は賄える。

芋を食みながらのblog更新である。  

Posted by sumi at 18:32Comments(1)行程編

2009年10月26日

十九番〜二十番

今日は朝一に十九番を廻り、二十番を目指す。
昨日の夜からの雨は少し残っていたが、雨具は必要ない程だった。
山門を出かけた時に、おじいちゃんに
「歩き遍路?凄い荷物じゃな」
と声をかけられ少し話をした。話をしてゆくとおじいちゃんは、中学校の先輩だということが分かった。奇遇である。おじいちゃんは犬と一緒に車で廻っているそうだ。地元でまた会うだろうか。
四国には善根宿と言われる無料の宿泊施設がある。今日初めて、その前を通りすがった。中に人が居たので休憩がてら話をしていこうと思って中に入った。
挨拶もそこそこで、おじちゃんは
「昨日はな〜ここにアメリカ人とフランス人と長野から来たヤツと四人でワイワイしてたんや〜」
「へ〜楽しそうですね〜ところで外国人の遍路さん多いんですか?」
と聞くと
「今年は多いな〜どこかで会うかもな〜」

そのおじちゃんとは色々話をした。

気が付くと二時間程経過していた。雨は強まっていたが出発することにした。

雨の中を歩くのは辛い。気分もドンヨリする。その上山道滑る。二十番からの下り道で二回滑って転んだ。まさに遍路転がし。

今日は二十番を下ったあたりのあずまやで野宿。明日も山登りらしい。正直にイヤ。  

Posted by sumi at 17:38Comments(1)行程編

2009年10月25日

十八番

今日は昼頃から徳島市街地を出発。ゆっくりゆっくり歩みを進めて行く。しかし、市街地や幹線道路沿いは疲れる。休憩が取れない。そういった場で、座り込む勇気がない。
途中何ヵ所かのベンチや遍路小屋で休憩。
15時を過ぎた頃だろうか、
「おへんろさん!」
と若い声が聞こえて振り返ると、そこにはメイド服を着て猫耳を付けた若い女の子が、お菓子を持って立っていた。
「お接待です。」
とお菓子を手渡してくれた。
「ありがとう。でも、その猫耳は何なの?」
と聞くと
「ハロウィンなんで仮装してます〜」
とのこと、きっとお菓子屋さんのバイトなんだろう。ニヤケさせてもらいました。
お菓子と笑顔を頂き、十八番を目指す。16時半位に十八番に到着。
納経をしてくれるおばちゃんに
「どっかテント張れる所ないですか?」
と尋ねると
「下の参門だね」
と言われ参門まで行くと余りにもうっそうとした雰囲気の中に参門があり、
「夜は怖そう」
と参門でのテント泊を諦めた。寝れる所を探しながら十九番まで行くことにした。結局、十九番まで来てしまった。今は駅で休憩中。
写真は無し。(お菓子をくれた娘を撮らせて貰えば良かったな)



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Posted by sumi at 18:56Comments(2)行程編

2009年10月23日

十四番〜十七番

今日は少ししか進まなかった。市街地は足が重くなる。休憩可能な場所も少ない。新町温泉で接待を頂き、今日は終了することにした。
  

Posted by sumi at 16:40Comments(1)行程編

2009年10月22日

十二番から十三番

今日の旅は約25キロ。前日の疲れたも残っていたため、「後は山を下るだけ。」だと言う甘い期待が余計に大きく膨らんでいた。
結局、歩き始めてから1時間もたたず、昨日の行程とさほど変わらない激坂に襲われた。

「いい加減にしろよ空海」である。もしコウダイに会うことがあれば虐めてやろう
登りきれば、次は下りである。自転車であれば下りは完全な休憩であるが、歩きは違う。自分の身体にブレーキをかけるため、どんどん体力を奪われる。
そんな中、休憩所が見えたので暫しの休憩。しかし、妙に小綺麗な休憩所である。資料が置いてあったので目を通すことに。この休憩所は遍路小屋という名前らしく、四国の各地に今作られているらしい。大阪の大学の先生が人を集めて、遍路の為に最終的に八十九ヶ所を目指すとのこと。遍路道を世界遺産にする動きもあるらしい。因みに僕が居たのは三十六号。
その三十六号遍路小屋の近くの畑で農作業をしているおばあちゃんに声をかけた。
「おばあちゃん、何を植えとん?」
「キャベツよ。お茶入れたげるわ。」
「ありがとう」
展開が早い。

お茶を飲みながらおばあちゃんと話をした。おばあちゃんからこんな話が出た。

「さきさき行く人はなんもない。ゆっくり歩いて人と話をする人はなんかある。」

遺骨を背負って歩いてる人。30代で奥さんを亡くした人。闘病しながら歩いた人の遺品の遍路衣装を身につけお迎えが来るまで何周でも歩くと言う人。
皆共通して悲しみを背負って歩いてる。

「おばあちゃんはゆっくり歩いてる人の話を聴くんや」

と言ってた。
廻る理由は各々、思いも各々。

おばあちゃんと別れて数時間。休憩をしてると若い女性に追い抜かれた。
「今日はどこまでですか?」
と声をかけると
「近くのキャンプ場まで」
とのこと。どうやら同じ野宿派だ。女性の歩き遍路は大変そう〜と思った。その場は別れて自分のペースで歩く。行程途中キャンプ場を見つけて
「自分もここに泊まるか」
少し考えたが、歩くことにした。



途中缶のお茶をおじちゃんに貰った。
今日は十三番まで!

  

Posted by sumi at 19:14Comments(0)行程編

2009年10月21日

十一番〜十二番

今日は疲れました。延々と登山でした。
朝から十一番を廻り、いざ登山へと。
登り始めてから直ぐにおじいちゃんと出会いました。草刈りをされてたんですが、挨拶を交わすと会話へとなりました。
そのおじいちゃん、若いころは林業をされてて、その後機械工学を学んでロープウェイの部品を作ってたそうです。その後、神道と出会って自然や科学について考える様になったらしい。
で今何をしてるかというと無農薬、無化学肥料のお茶を栽培してるんです。奇跡の林檎ならぬ、奇跡のお茶ですね。
「ウチは土が違うんや〜足で掘れる位柔らかいやろ〜ほれ」
と言って足で土を掘ってくれます。
「自然の力をありのままにださせるんや」
神道なのにかなり仏教くさいことを言われてました。
また会ってゆっくり話を聞きたい人物ですね。

おじいちゃんと別れてからが大変でした。たまたま歩き遍路をされてる方と出会って一緒に登山登山です。
最初はペースを合わせて一緒に歩いてたんですが僕がおいてかれるようになりました。 その後は各々ペースでって暗黙の了解になり、歩き遍路の方は見えなくなりました〜

どうにかこうにか十二番に到着。7時間の登山でした。十二番登り駐車場で野宿するつもりでしたが、断られ真っ暗な山道を野宿地を探しながら歩きました。怖かった。

無事に野宿地がみつかり、近所の方に了解を得おうと声をかけると、快く了解を貰えました。
その上、「ご飯はあるか?ラーメンしたる」と食事まで都合してくれました。

おそるべし四国!!  

Posted by sumi at 19:43Comments(1)行程編

2009年10月19日

五番〜十番

今日は五番〜十番、そして十一番手前まで歩きました〜26?位ですね〜毎日此くらいあるかないといけないみたい…
写真は六番です。
  

Posted by sumi at 20:27Comments(1)行程編

2009年10月18日

初日

今日は一番から四番までの行程でした。
四番近くのあずまやでビバークです。
  

Posted by sumi at 17:59Comments(5)行程編