2009年11月09日
三十六番

休憩所には大概ノートが置いてあり休憩した遍路がお礼のメーッセジを残すシステムになっている。それ以外にも
「〜さん。元気に歩いてますか?お互い頑張りましょう!!」
などの途中まで一緒に歩いき後ろから来ているだろう者への励ましの言葉などが綴ってある。中には便所の落書きレベルのものもあるが。
そのノートを眺めているとおじいちゃんが缶コーヒーを接待してくれた。
「一人で歩きよるんか?」「そうですよ〜」
「はぁ?」
少し耳が遠いようだ。
「そうですよ!!」
今度は通じた。しかし、おじいちゃんは一人で話を進める。聞き取れない。話をこっちのペースにもってこようと
「昔のお遍路さんはどんな感じだったんですか?!!」
質問をすると
「ワシも車で回ってるんや〜」
と違う答えが返ってくる。これを30分ほど続けた。おじいちゃんの話で分かったのは
「車での遍路の寝泊まりはコンビニでやってる」
「閏年の遍路は逆打ちでやる」
「亡くなった妻の為にお遍路をしてる」
長年の同士を喪うってのはどんな苦しみなのだろうか。まだまだ僕には解らない。その苦しみの名を愛別離苦とただ発音出来るだけだ。
亡くなった連れ合いの供養の為にお遍路をするって話は今のところ男からしか聞かない。女からは聞いたことがない。
おじいちゃんにお札を渡しお礼のを言いながら握手をして別れた。
三十六番には問題無く到着。三十六番の前は沼になっている。昔話で鴨猟をするような沼だ。沼の脇に桜並樹があった。一本だけ狂い咲きしちゃった木があった。パンクな桜である。
三十六番から三十七番を空海は船で行ったらしい。納経所の若い坊さんにそのことを聞くと
「10キロを一時間でいきます。空海も船を使ったらしいですからね〜」
とその言い方に少しカチンときた。この旅初の生きてる人間へのカチンである。前回のカチンは険しい山道ばかり歩きたがる空海にであった。
その言い方は「船使うんですか〜歩かないんですか〜修行に成りませんよ〜」と小バカにした感じの対応に聞こえた。そう聞こえる自分に問題ありだが。
船に乗った。
「いや〜湾内は穏やかで山も色付き始めて綺麗だ〜船を選んだ僕は幸せ者だ〜」
目的の船着き場まで楽しめた。船頭に話しかけまくって必要以上に楽しんだ。
それから陸路を少し行き良い野宿地が見つかったので今日は終了。